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奥沢文庫

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2017年 12月 24日

慈光院へ(天空の書院)

「景観の構造」(樋口忠彦著 1975年)に慈光院の写真(撮影・水島孝)があ
る。縁側越しに景色を望むその写真は、モヤがたちこめる町と遠くの山並みを
事に切り取り、まるで一幅の墨絵のようだ。左手には近景として低く剪れた
クロマツが写る。

ところが、この景色には中景がない。「借景」の原論を云えば、中景が遠景の山
並みを引き寄せ、景色を繋げるのだろうが、ここではいきなり遠くを望んでいる。
加えて、その山並みがいかにも遠い。そのような距離感から、まるで雲上に居る
ような錯覚を覚え、ここはきっと「天空の書院」だ、と思い込んだ。
慈光院へ(天空の書院)_f0091854_16552334.jpg

実は学生時代、一度、慈光院を訪れていたが、その時の記憶が全くなく、いつ
の頃からかこの写真が「私の慈光院」となり、長く再訪の機会を窺っていた。
このような写真になる建築はいったいどのような断面、寸法を持つのだろうか。

10月の雨の日、4本の電車を乗り継ぎ慈光院へ向かった。慈光院は、低い丘の
淵に建っていた。

書院は東と南の二方向に開き、大きな縁側を持つ。縁側の幅はたっぷり1間あり、
深い軒先が天空を大きくカットし、張り出した縁先と共に景色を低く絞り込んで
いる。

縁側はまた、その天井の暗がりによって景色を明るく引き立てる。これは古建築
にお馴染みの明暗のコントラストだが、この書院での効果は群を抜いている。東
には奈良盆地と山並み、南には片桐石州の庭を額縁に納め、首を回せば120度、
まるでパノラマ写真を見るようだ。
慈光院へ(天空の書院)_f0091854_10561680.jpg

注目すべきは広縁の柱のスパン(柱間)が3間も飛んでいること。つまり、隅部
に立つ1本の柱を除き、景色を遮るものがない。京間の3間だから、その寸法は
5940ミリ、ほぼ6mにも及ぶが、これだけのスパンは日頃見慣れない。おそらく
尾垂木(天秤梁)が軒桁を補助している筈、と勘繰ったが見当たらず、このスパ
ンには僅かh=80ミリ程度の太鼓梁が架かるだけだった。

そして、軒の高さがとにかく低い。縁側の鴨居の高さは(書院畳から測ると)
1655ミリしかなく、目の高さに近い。そのあまりの低さに、書院に足を踏み入れ
る誰もが腰を落とし、視線を下げる。

採寸を申し出たところ奥から住職が現れ、縁側の幅も測ってみてはどうか、と仰
る。するとどうだろう、縁側(南)の幅が東端で10センチほど広がっている。奥を
絞り遠近を強調する手法には馴染みがあるが、ここでは逆に手前が狭く奥に広い。
ところが、手掛かりとなる壁がないからか、または僅かな寸法だからか、その
は殆ど感じられない。住職もこの不思議には頭をひねっていらした。

当時の写真に比べ、町には樹木、鉄塔、中層建物が割り込み、中景の役割を果たし
ていた。景色の変化はこの先も続くのだろうが、この書院はこの先もその時々の
パノラマを撮り続けるのだろう。

他に、
慈光院の庭には軒の高さに至るほどの巨大な「大刈込」(オオカリコミ・多種類
の樹木を寄せ植えし量感ある形に刈り込んだもの)があり、これまた見応え十分。





by motoki8787 | 2017-12-24 16:17 | 建物雑記 | Comments(0)


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