奥沢文庫

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2012年 10月 17日

鈴木恂「構想の記録 - 自作を語る」を聴きました。

10月最初の月曜日、鈴木恂の講演会で早稲田です。現役学生は勿論のこと、
社会人の恂ファンも押しかけ、立ち見席ができました。

先生は1980年代半ばから自作の発表、特集タイトルに「構想」という言葉を使い
始めましたが、それは「都市住宅7710」の
 「RANDOM PROCESS - 作業過程についてのメモ」
に端を発したと考えられます。ここしばらく、この「構想」は影をひそめていま
したが、今回は主役級で登場し、建築を「構想」する方法が真正面から取り上げ
られました。

ところで、「構想」とは既に一般的な言葉ですが、ここでは、「関係付けられた
イメージ」または「体系化されたイメージ」としておきます。
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さて、イメージは気分屋です。洪水のように溢れることがあり、流れ星のように
一瞬で姿を消すこともあります。また、時として実像を装う虚像として振る舞い
ます。「構想」づくりはそんな厄介なイメージを相手に始まりますが、先生は次
のことばを繰り出しました。
 
「重ねる」「ずらす」「ぶつける」「結ぶ」「束ねる」「付き合わせる」
「すくう」「廻す」「耕す」「沸かす」「あぶり出す」「ひねり出す」


これらの言葉は、イメージの湧出を願うオマジマイであり、イメージと格闘する
時の作法であり、混沌を求める時の手技でしょう。イメージは生ものですから
淀み腐れば使途もなく、恐らくここではスピード感が求められ、知力はもとより、
体力と運動神経を要します。
何れのアクションも獲物(関係性)の捕獲に虎視眈々、「構想」の発露を目論み
ます。

先生の日常では普通のことだからでしょう、これらの言葉が話しのあちらこちら
から飛び出しました。
f0091854_2203862.jpg

さて、
やがてイメージに体系化の兆しがみえ、「構想」の芽が姿をあらわします。ここ
から先、先生は(建築とは別の)表現行為に庇を借り、「構想」を育むことに触れ
ました。その表現とは、「図化」、「文章」、「写真」、「実測」の4つのこと。

つまり、イメージを「図化」することで新たな関係を発見し、「構想」をより高い
次元へ渡すのです。「構想」に迷う時、手に「文章」を書かせることで暗闇の向
こう 側を照らします。または、シャッターを切り「写真」撮影することで、内向
する「構想」を開放するのです。そして「実測」により刺激される身体的思考をテコ
にして「構想」に力を与えるのです。先生は、このように、他の(別の)表現行為
を通すことで「構想」を育む、先駆的な方法を明らかにしたのです。
 
ここで注目すべきは、これらの行為が単なる作業に終わっていないということ。
つまり、「図化」は最後にはドローイングとして額縁に納まり、「文章」は新しい
概念、思想を生み出し、「写真」は写真集として1つの世界を完結し、「実測」
は身体に刻まれた記憶を集積するのです。

つまり、それぞれが「作品」に昇華する。

「構想」を育む場が、実は副産物(作品)を生み出す場でもあったことは驚きです。
この方法は、一兎を追い二兎を仕留める離れ技、と云ってもよい。先生は、
これらの作品群が、自作の建築「構想」を育て上げることを讃えます。まさに
鈴木恂の「構想の現場」が披露され、ここに今回の講演の大きな意義があり
ました。

  ※何れの写真も石黒唯嗣さんの撮影です。
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by motoki8787 | 2012-10-17 22:19 | 見た・観た・聴いた | Comments(0)


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