奥沢文庫

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2012年 05月 12日

お彼岸に「かぐや(竹取り物語)」を観た。(初出 2012年3月21日)

緞帳が上がった舞台には何ひとつなかった。劇中に登場する大道具は、たった
2つ。それは、幅15m程の弓なり円弧と小さな階段ステップ。舞台上部から降
りてくる弓なり円弧は、三日月の象徴だろう。階段ステップは、かぐや姫が天地
を往来する演出に使われる。この程度であるから、「大道具さん」の出番は寂しい。

さて、
この舞台では、大道具に代えて生身の人間達が「背景」や「効果」を作り出す。
つまり、役者達がその身体表現を通じて、舞台環境を司る。ついでながら登場
人物の「心理」までも表現する。
彼らは変幻自在に舞い、例えば、風にそよぐ竹林、燃え盛る炎、水の奔流、一陣
の風、叶わぬ恋心などを踊る。(どれも移ろい易く変わり易いものであるところが
興味深い。)

その役者達は10人から成り、登場人物の6割を占める。彼らはしばしば数珠
つなぎで舞台を駆け巡る。さらには、めいめいが乱舞する。そしてある時は左右
に分かれ、対称配置で舞台に秩序を作り出す。動きは緩急自在、並みの運動量
ではない。
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また、この10人は白装束に身を包む。場面に応じ、小さな色布を身に纏い、又は、
白布の結びを工夫することで頭巾の姿を幾通りにも変えてしまう。印象は全体
として「白づくめ」だが、登場の度に(どうやら)何処かが必ず違っている。

ところで、
この役者達は、配役の中で「コロス」という名前で紹介されている。「コロス」とは
元来、古代ギリシャ劇における合唱隊のことであり、言葉により劇のテーマ・状況
を説明し、進行上の大きな役割を果たしていた。
一方、この舞台では、「コロス」に台詞はない。しかしその身体表現(舞踊)は舞台
の殆どを支配し、進行の舵を取っていることは間違いない。
そして、この舞台での「コロス」は、時として台詞(言葉)を越える効果を生み出し
ている。

そう!だからこの「かぐや」は「コロス効果」の限界を探った実験的な試みなのだ。

「舞踊が台詞(言葉)を凌駕する」ことを経験的に承知している人達が、ここにはいる。
演出は森崎偏陸、衣装は宇野亜喜良。

(以下はメモ)
ブヨウとブトウの境界、マイとステップとオドリの境界、古典舞踊と現代舞踊の境界
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by motoki8787 | 2012-05-12 21:34 | 見た・観た・聴いた | Comments(0)


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