奥沢文庫

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2012年 03月 10日

新橋で「今和次郎」の展覧会を観た。

今和次郎の調査・観察は、その夥しいスケッチが示す通り、徹底
して「描くこと」を方法としている。

今和次郎は、まるで研究者のような眼差しで対象を丹念に読み解く。
しかし、そこには根っからの(ほがらかな)野次馬根性も同居し、
例えば、「本所深川の貧民窟」や「銀座カフェの女給のユニフォーム」
の調査、採集を同時にやってのける。片や、戦後混乱期に生まれた
スラム街、片や、晴れやかな新興風俗を喜々としながら楽しんだ。
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最初は面白半分の取り組みも、最後は立派な研究成果にまとめあげ、
だから、役人から調査費用を引き出すこと位は朝飯前だったのだろう。

きっと、今和次郎はマネジメントの腕前も十分だった。

ところで、
写真は、レンズを通過する全ての光(要素)を定着させるから、膨大な情報量
を持つ。写真というものが「記録する」方法として重宝される理由は、ここにある。
一方、スケッチは描き手の目と手を通し、要素が取捨選択される。だから、
大抵の場合、必要のない部分はそぎ落とされる。云い方をかえれば、伝え
たい部分だけが浮き彫りにされる。
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つまり、スケッチを描く、とは「見ること」「発見すること」であり、「手の動き」
を通して思考し「抽象化すること」である。
優れたスケッチを描くためには、対象を映し込む自身の鏡を日頃から磨い
ておくこと、そして常に手を動かすことだろう。体の動きを伴う思考や活動は
どんな場合でも確かな成果を生み出す。

現代の「観察、調査」に(致命的に)欠損している取り組みが、ここには当たり前
のように溢れていた。

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by motoki8787 | 2012-03-10 21:14 | 見た・観た・聴いた | Comments(0)


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