奥沢文庫

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2017年 09月 20日

吉備津神社を見た

吉備津神社(岡山市北区)は備中、一宮神社。吉備中山(御神体の山、標高161m)
の麓に建つ。遠く、東側から眺めると、密生する樹木を背景に、奇異な屋根がぽ
っかりと宙に浮いている。その屋根の総幅は26mにもおよび、両翼はシャープ
に跳ね上がる。普通のヤシロなら鈍重に見える屋根がここではスピード感あふれ、
その様子はまるで宙を滑る飛翔体(巨大宇宙船)のよう。
並列する三角屋根が2気筒エンジンに見えると、マシンのスピード感がさらに増
す。


もともと神社の屋根はその下の内部空間とは何の関係も持たない。「~造り」と
いう類型化された屋根の中から、そう大きな事情によらず選ばれる。ところが、
この神社の屋根はどの型にも属さず、「比翼入母屋造り」またはここに唯一であ
ることから「吉備津造り」とも呼ばれる。

そのような屋根の下、本殿の内部を見ると神社建築には珍しく立体的な構成であ
り、その断面が興味深い。内部の床は奥にゆくに従い徐々に高まり、最も奥の
「内陣」は地面から6mもの高みにある。一般的に内陣は二重三重の結界により平
面的に隔離されるが、ここではそれに加え、高さ方向に順位を持つ。御神体は背
伸びしても届かない、遥か彼方に浮かんでいる。

他の特徴として、この神社は高い「亀腹の基壇」に建つ。また、「大仏様(重源)
」の組物が軒の出を支える。何れも寺院建築の様式だが、これらが何喰わぬ顔で
ヤシロの屋根の下で暮らしている。
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「奇妙で巨大な屋根」は見られることを強烈に意識し、示威的と云える。「内部
の立体的構成」は序列を指向し、権威的な体質を象徴する。そして「寺院様式の
混淆」は、なりふり構わず図々しい。何れもその目的は、民衆の耳目を集め、他
の神社の度肝を抜くことではなかったか。

祭神がヤシロの意匠をそのように仕向ける訳もなく、氏子集めで他を圧倒しよう
とした誰かが企んだ。

その企みは成功したから良いようなものの、一歩間違えると醜い異端児として神
社建築の系譜から外れていたかもしれない。そんな危うさを手堅く凌いだからこ
そ今日の姿があるのだろうが、その「したたかさ」が、この(何とも仰々しい)
神社にはしっかり息づいていることを見逃してはならない。
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# by motoki8787 | 2017-09-20 16:19 | 建物雑記 | Comments(0)
2017年 08月 30日

資生堂アートハウスを見た

下り東海道新幹線が掛川駅を通過して1.4Km、左手60mほどに資生堂アートハウス
が建っている。時速300Kmだからたいていの人は見逃すが、運が良いと銀色のラス
タータイルが閃光のようにフラッシュする。

遅ればせながら、この名建築(1978年、設計・谷口吉生)を見てきた。

建物は「丸い部屋」と「四角い部屋」からなり、S字状に連続する柱が両者を牽
引する。まるで、幾何形態の綱引きを見るようだ。

「丸い部屋」には四角い空間が、「四角い部屋」には丸い空間が「入れ子」とな
り、この「反転関係」が両者の違いを強調する。「反転関係」は光の取り入れ方
にも見られる。丸い部屋には地を這う光が滑り込み、四角い部屋では中央に圧縮
された光が四方に拡散する。採光方法の違いにより、両者の対照がさらに際立つ。
谷口が云う「メビユスの輪に入ったような錯綜した空間」とはこの「反転関係」
のことだろう。

このように両者は反転、逆転関係にある幾何形態だが、一方、断面を切ると「天
井高さ」と「連窓の高さ」は統一されている。共通の高さが備わることで両者は
強く束ねられ、異なる2つが1組のまとまりに見えてくる。高さの規範が全体を
統合している点に注目すべき。

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そのようなところ、この建物にはレベルの異なる3つの床面があり、順路に従い
スロープを上り、または階段を下ると視点の高さは120センチ毎に変化する。
内部の景色が外の景色と共に豊かに変化し、目を奪われる。展示物鑑賞がおろそ
かになることは考えものだが、視点の上下移動という仕掛けはこの建物の画竜点睛
と考えたい。


隅々まで計画、配慮されていたが、決して過剰ではない。このような建物は訪れる
者を清々しい気分にさせてくれる。資生堂アートハウスはその名の通り美しく均整
がとれ、瑞々しかった。




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# by motoki8787 | 2017-08-30 10:56 | 建物雑記 | Comments(0)
2017年 08月 09日

ジャコメッティ展を見た

ヒョロヒョロの立像(ブロンズ像)が大小合わせ47本も立っていました。最
6センチ、最長のものは神々しく276㎝、人の背丈を越えたものは仏像のよう
見えました。立像の数え方は本来1体、仏像であれば1尊なのでしょうが、あ
りに細いので1本です。

会場構成にはメリハリがありました。観客を飽きさせず、じらしながらも効果的に
立像を配置し、似た者同士がグループにまとまっています。

中でも「ヴェネチアの女」は圧巻。9本の女性像がまるで飛行編隊を組むよう
集合展示されていました。これは連作もの。つまり、1体の油土モデルを作り上げ
ては手を加え、都度都度、型取りして鋳造したもの。それぞれを比較すると、どこ
となく違い、どことなく似ていて、まるで一族のような近親感がありました。しか
し、イタリアらしさがある訳ではなく、なぜヴェネチアなのかは分かりません。
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気になったことがありました。

立像の幅は十分に細く、その厚さもまた薄いのですが、胸板が叩き潰されている
ものがいくつもありました。明らかに平らなもので叩いた形跡です。油土モデル
の段階で叩き潰した、と考えるのが一般的なのでしょうが、鋳造後、つまりブロ
ンズにしてから叩いたとすればこれは鍛造(たんぞう)です。

金属加工における、(型に流し込む)鋳造と(加熱し叩いて成形、靭性を与える)
鍛造はまったく別ものです。ジャコメッティは求める表現の為に相反する加工を
チャンポンにしたのでしょうか。

入場料は安くなく1600円ですが、立像を仏像に見立てれば、1本あたりの拝観料
はたったの35円です。




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# by motoki8787 | 2017-08-09 20:45 | 見た・観た・聴いた | Comments(0)
2017年 07月 17日

さよなら 原宿パークマンション


知人が住む「原宿パークマンション」(1969年完成)が来年、取り壊される
ことになりサヨナラ見学食事会。
このマンション、当時としては珍しいメゾネット住戸からなり、コルビジェの
ユニテと同様、怖いぐらいに長い中廊下、そして内開きの玄関ドア。

窓は(部屋の端から端までの)連窓、外から見るとまるで事務所ビルのよう。
その窓を開けると風が上階に抜けました。水平に通る風には馴染みがあります
が、住まいを上昇する風は珍しい。
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注目すべきは窓辺にある窓台です。奥行きが33センチもありました。普通は
天井際の梁が室内側に出っ張りますが、この建物は「逆梁」を採用したため、
こんな窓辺ができたのです。

内外を隔てるものはガラス1枚だけですが、窓台のお陰で外までの距離が遠く
なり、高所での住まいはこうありたい、の安心感。

この窓台の高さ、食卓より低いことにも注目です。もちろん腰掛けるためでも
ありますが、外の景色を食卓に届けるためにはほどよい高さです。
しかも付属する手すりの高さも低く、たったの84センチ。景色を邪魔すること
がありません。

このように、窓廻りに工夫された豊かさこそが「原宿パークマンション」の最
大の魅力の一つです。

当時、やがて訪れるマンションブームを前に、集合住宅の設計はまだまだ専門
性の高い分野でした。だからでしょう、最小限の投資で最大限の利益を求める、
という(今では当たり前の)考えは希薄でした。経営陣が口出しすることがで
きず、建築にとっては幸せな時代、設計者の良心が自由に活躍できた時代だった
のです。

その頃の建物が次々と姿を消すことは残念です。






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# by motoki8787 | 2017-07-17 15:08 | 建物雑記 | Comments(0)
2017年 04月 01日

さよならソニービル

ソニービルは満身創痍だった。
名建築の最後はきまって満身創痍、とりわけ商業用途は痛々しい。

「花びら構造」の床のレベルは規則正しく90センチ毎にずれている筈だったが、
何故か、一区画のフロアーが上階まで一様に嵩上げされ、リズムが崩れていた。
ビル外周部(の室内側)には壁が巡り、窓が塞がれていた。「外の景色」が遮断
され呼吸もできない。もともとあった天井も隠蔽され、フラットで退屈な天井
姿を変えた。つまり、ビルの内側にもう一皮、新しい仕上が作られ、内部空間は
ひと回りシュリンクした。(※1)

そんなところ、床と階段には人工芝が張られ、途切れることなく上階まで連続して
いる。中央の柱のまわりにはフェイクのアイビーが繁茂する。壁にはイラスト
(未来都市?の風景)が天井まで描かれ、各フロアに往年のソニープロダクトが
展示される。これが、It’s a Sony展の舞台装置だった。

立派な舞台装置ではあったが、しかし、外界と遮断された内部空間に(都市公園の
ような設えがあったものの)息の詰まる閉塞感を覚えた。

ソニーの人達は、このビルの最後の演出に少々張り切りすぎた。手を加え過ぎた。
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最後は何も加えず、むしろ後補を剥ぎ取り、竣工当初の姿、裸に戻すことだけで
よかった。数寄屋橋交差点上空を、「外の景色」を眺めながら、ぐるぐるソニー
ビルを登りたかった。そして、反対側の歩道からガラス越しに「花びら」の重なり
具合を仰ぎ見たかった。床版がレベルをずらしながら螺旋状に巻き上がる様子を
下から覗いてみたかった。

ソニービルのコンセプトは、晴海通りを建物内部に取り込み、立体プロムナード
(散策路)を作ることだった。つまり、都市の中で「天空散歩」を楽しむことだ
った。当時は勿論、今でもこのテーマの実現は難しく、商業用途ならなお難しい。
設計した芦原義郎さんも発注した盛田昭夫さんも、当時共に40代。2人は、きっと
喜々としながらこの企みに興奮した。

ところで、
「天空散歩」を楽しむためには「外の景色」を見せることが必須であり、だから
当然のように建物外皮は全面ガラス張り。しかし、全面ガラス張りでは商品の
日焼けが懸念され、また、壁が少ないことは商品陳列に不利とされた筈。
が、この問題は「縦ルーバー」と「可動パネル」 により解決された。つまり、
ガラス外側に「縦ルーバー」を設け日除けとし、ガラス内側の「可動パネル」
により(遮光と共に)商品陳列の便宜を図ることにした。

この内外2つの仕掛けがあったからこそ全面ガラス張りが可能となり、「天空散歩」
という前代未聞の企みが現実的なものになった、と考えたい。

だからこそ、最後はその透明で瑞々しかった1966年のソニービルを見届けたかった

(※1)以前からこの状態だったのか、
    今回のIt’s a Sony展の為にこうしたのかは不明。







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# by motoki8787 | 2017-04-01 13:03 | 建物雑記 | Comments(0)