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2012年 05月 26日
実は、私にも「宝物」があります 。 INAX REPORT (No187)の連載企画「モダニズムの軌跡」で鈴木恂の特集が 組まれましたが、その1頁に「私の宝物」というコラムを書きました。与えられた テーマは「師としての鈴木恂」。当時のアトリエでのエピソードを交えながら...、 が編集者からのリクエストでした。 大学卒業後、南欧、北アフリカ放浪の旅を経て、鈴木恂先生のアトリエで6年間、 所謂、丁稚の時代を過ごしました。右も左も分からない時期に、閉じた環境で 密度の濃い時間を過ごせたことは、今にして思えば得難い経験でした。禅寺の 修行などに少し似ていたのかもしれません。 「私の宝物」とは、恂先生が都市住宅(1977年10月号)に発表した「ランダム プロセス」のこと。建築設計を行なう際の方法論です。その文は先生ならでは の想像力に富む言葉に溢れていますが、アトリエの部外者が理解するには一寸 難解な内容でした。それが証拠に、未だこの「ランダムプロセス」について誰も (どの評論家も)触れていません。否、一寸手強くて書けなかった。 ![]() ![]() 一方、アトリエ在籍の我々スタッフは、朝から晩までこの「ランダムプロセス」を 舵取り役に、スッタモンダ格闘の日々でした。そこで、コラムを書くにあたり、当 時のアトリエでの作業を引きながら「ランダムプロセス」を分かり易く説くことを 思い付いたわけです。臨場感溢れる解説になるとすれば、これは絶好の機会! と考えました。 勿論、自身のために整理しておきたい気持ちもありました。 独立後、今に到るまで私の「座右の方法論」ですから、タイトルは迷う事なく 「私の宝物」としました。 (以下は本文からの抜粋) この「ランダムプロセス」は、只でさえ混沌とする設計作業を5つの視点で整理した ものと云えますが、同時に発見的手法がちりばめられた宝の山でもあります。 「ランダムプロセス」は文字通り順番にとらわれず、時には反復し実施される過程 であり、決してカタチとして表出することはありませんが、建築の質を底支えします。 そこでは、夥しい数のイメージ、思惟が鎮められ、抽象化、整理、統合などを経て、 最後は建築に幾重もの層をなして浸透していきます . . . . . . . . . . . . . 2012年 05月 14日
住宅における「居住まい」ってのは、黙っていても住み手の生活様式から 滲み出てくるんですが、設計によって一定の傾向を持たせることが、(あ まり大きい声じゃ云えませんが)実は出来るんです。 その契機はいろいろあるんですが、中でも「屋根のカタチ」を考えることが 案外、近道なんです。つまり、屋根の断面を考える、ということ。 ![]() 左の絵は、屋根が空間を「覆う」または「包む」様子です。 「覆われた空間」は、外部と関係を結ぶことに無頓着で、どちらかと云うと 内向的、求心的な性質を持ちます。ここでは、いつの間にか背筋がピンと 伸びるんです。だから、ちゃんとした料理をかしこまって頂くことになります。 しかし、なにか、ちょっと堅苦しくもあります。 対して右の絵は、屋根が空間を「翳(かざ)す」様子です。 「翳された空間」は外部と仲良しの関係です。視線はいつも外へ向けられ、 外の景色が贈り物として内部に届きます。ここでは、内外が渾然一体、自然 と体がリラックスするんです。だから、ラウンジチェアに深々と身を沈め、 ワインと外の景色を楽しむことになります。 しかし、なにか、ちょっと緊張感を欠くようでもあります。 どちらが良い、悪いじゃありません。建主の意向とか設計者の企てで決める ものでもありません。大抵の場合、建物を取り巻く外部環境が軍配を挙げ てくれるんです。ここら辺りが面白いところですね。 . . . . . . . 2012年 05月 12日
緞帳が上がった舞台には何ひとつなかった。劇中に登場する大道具は、たった 2つ。それは、幅15m程の弓なり円弧と小さな階段ステップ。舞台上部から降 りてくる弓なり円弧は、三日月の象徴だろう。階段ステップは、かぐや姫が天地 を往来する演出に使われる。この程度であるから、「大道具さん」の出番は寂しい。 さて、 この舞台では、大道具に代えて生身の人間達が「背景」や「効果」を作り出す。 つまり、役者達がその身体表現を通じて、舞台環境を司る。ついでながら登場 人物の「心理」までも表現する。 彼らは変幻自在に舞い、例えば、風にそよぐ竹林、燃え盛る炎、水の奔流、一陣 の風、叶わぬ恋心などを踊る。(どれも移ろい易く変わり易いものであるところが 興味深い。) その役者達は10人から成り、登場人物の6割を占める。彼らはしばしば数珠 つなぎで舞台を駆け巡る。さらには、めいめいが乱舞する。そしてある時は左右 に分かれ、対称配置で舞台に秩序を作り出す。動きは緩急自在、並みの運動量 ではない。 ![]() また、この10人は白装束に身を包む。場面に応じ、小さな色布を身に纏い、又は、 白布の結びを工夫することで頭巾の姿を幾通りにも変えてしまう。印象は全体 として「白づくめ」だが、登場の度に(どうやら)何処かが必ず違っている。 ところで、 この役者達は、配役の中で「コロス」という名前で紹介されている。「コロス」とは 元来、古代ギリシャ劇における合唱隊のことであり、言葉により劇のテーマ・状況 を説明し、進行上の大きな役割を果たしていた。 一方、この舞台では、「コロス」に台詞はない。しかしその身体表現(舞踊)は舞台 の殆どを支配し、進行の舵を取っていることは間違いない。 そして、この舞台での「コロス」は、時として台詞(言葉)を越える効果を生み出し ている。 そう!だからこの「かぐや」は「コロス効果」の限界を探った実験的な試みなのだ。 「舞踊が台詞(言葉)を凌駕する」ことを経験的に承知している人達が、ここにはいる。 演出は森崎偏陸、衣装は宇野亜喜良。 (以下はメモ) ブヨウとブトウの境界、マイとステップとオドリの境界、古典舞踊と現代舞踊の境界 . . . . . . . . . . 2012年 05月 07日
近代美術館(鎌倉)で石元泰博の「桂離宮 1953,1954」をみた。写真は 殆どが六切り(8*10)サイズ、高知県立美術館所蔵のもの。 ![]() 回遊式庭園でもある桂離宮は、飛び石、延べ段、の宝庫である。これらの 「グラウンドデザイン」は回遊方向を指示する役割を担っているから、元来、 幾何学的な構成をベースとする。(会場ではこれらが展示の半分を占める。) ところで、やはり御殿が写る作品はどれも興味深い。 例えば、石元はファインダーから屋根を追い出し、御殿の姿を「ファッサード (立面)」に置換する。しかもこれを真正面から捉えることで、「線と面」の 組み合わせに還元してしまう。(モンドリアンへのオマージュ) そして、この組み合わせと御殿足元の「グラウンドデザイン」を競い合わせる。 両者共に幾何世界に由来するから競い合いは十分だが、石元はここで互い を照らす関係を注意深く印画紙に探り撮る。 石元はまた、時として、御殿の水平・垂直ラインと、写真につきものの説明 効果(奥行き表現=ナナメ)を拮抗させる。両者共に勢力が等しい場合には よく張り合うが、ここでも互いを照らす関係を追い求める。 つまり、石元が撮る桂の魅力は、要素の「競い合い」「せめぎ合い」の中 にこそある。だから、石元の写真は、繰り広げられる「競い合い」を見物する 観客になったつもりで眺めると、案外ストンと腑に落ちる。大抵の場合、画面 は静謐である。しかし退屈することはない。 モダニズムとは、このように 「複数の階層を競い合わせよう(関係づけよう)とする振る舞い」かもしれない… とこれは連休でゴッタ返していた鎌倉で思い付いたささやかな仮説。 ![]() 会場をウロウロし、 丹下健三お気に入りの「桂離宮」、「楽器の間と新書院」、「庭園から 中書院、楽器の間、新書院を望む」を選び、これらを鎌倉・桂のベスト3枚 とした。 番外として選んだ「新御殿・東南隅」は一寸、異質。新書院のストラクチュア (軸組)が桂川のほとりにフワリと不時着したような浮遊感。この空気感も 十分な写真が20年後、1974年撮影の桂を実は予告しているような気がする。 それにしても、計算し尽くされた写真の純度の高さにヤケドを負ったような感覚 を覚えた。(石元の桂でヤケドするなら本望か。) , , , , , , , , , , 2012年 04月 24日
大繁盛のZoff(ゾフ)という大衆眼鏡屋で、メガネを調達。何しろ 安価な、レンズ込価格、たった5000円の老眼鏡。 ところが、安価品であることも手伝い、店頭に並ぶメガネのカタチが 全て同じに見え、確信を持ってこれだ!と選ぶことができなかった。 ところで、ジョン・レノンの丸メガネは、実は「真円」ではなかった。 ![]() 一方、 建築家・白井晟一(せいいち ~1983年)の丸メガネは、「真円」 だった。 白井は、25年前の朝日新聞でメガネのデザインについてエッセイを 書いている。所謂、伊達メガネを選び人目を引き、顔を飾ることに 冷静な口調で待ったをかける。大方はその内容を煙たがるが、要約 は以下の通り。 「レンズはもともと真円のはずだが、いつのまにか、どの人の眼鏡 もふしぎな形に変わってしまった。…どちらにせよ眼鏡は、人間の顔 にとって異物であることに変わりなく、少々変わった形をつくった位 では、複雑な人間の顔に同化できるものではない。…もともと人間の 目玉は球体。そうであれば視力を矯正する役目を果たすレンズは真円 であるべき。」 ![]() つまり白井は、まん丸メガネを推奨する。多少のカタチを違えたとこ ろで、そんなことには何の価値もない、と伊達メガネを容赦なく切り 捨てる。 誰もが一度は白井の建築に溺れるが、私の場合、幸い大学卒業時に きっぱりと決別し、あの世界と距離を置くことができた。しかし、この メガネの考察には今でも大いに賛同できる。 (複数のメガネでお洒落することを唱えているからか、Zoff では 丸メガネが見当たらない。) ・ (first appeared on 24th March 2008 ) ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ |
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